男性の育児休業が難しい本当の理由!パタハラや不利益取扱いだけじゃない

 政府は、2025年までに男性の育児休業取得率を「30%」まで引き上げることを目標としています(2019年時点の男性の育児休業取得率は「7.48%」)。

 しかし、実際には男性の育児進出はほとんど進んでおらず、多くの人事担当者や企業も頭を抱えている状態です。

 厚生労働省の労働者調査では、「代替要員がいないから」「収入が減るから」といったことが理由として挙げられていますが、男性の育児休業が進まない本当の理由はそれだけではありません。

 本記事では、長期の育児休業を実際に取得した筆者の経験を基に、男性の育児休業が難しい本当の理由について紹介します。

1.男性の育児休業の現状について

 まずはじめに、男性の育児休業(育児進出)を取り巻く現状から紹介します。

1-1.育児休業取得率は微増しているが期間は極端に短い

 大企業で働く社員や官公庁で働く公務員の方にとっては、耳をすることも多くなってきた男性の育児休業ですが、その実態はどうでしょうか。

 国家公務員においては、令和2年度から全ての男性職員に対して1ヵ月以上の育児休業を取得させる方針を打ち出しています(内閣官房:男性職員による育児に伴う休暇・休業の取得促進より)。

 また、一般企業においても、大企業のみならず中小企業の中でも、男性社員の育児休業取得率100%を目指す等、少しずつ話題に上がる機会も多くなってきました。

 しかし、社会全体で見た男性の育児休業取得率は、「7.48%」とまだまだ低い水準となっています。

男性の育児休業取得率の推移(2019年度)

 女性の同取得率が80%以上で推移していることを踏まえると、男性の育児休業取得率がいかに低いかが分かります。

 さらに、男性の育児休業の内、70%以上は2週間未満で復職しており、6ヵ月以上の取得は、4%付近(全体にすると7.48%×4%≒0.3%)を推移している状況です。

男性の育児休業取得期間の推移

 女性の6ヵ月以上の取得が90%付近で推移していることを踏まえると、男性の育児休業期間がいかに短いかがよく分かります。

 男性の育児休業取得率は少しずつ増加傾向にある一方で、育児休業の取得期間はほとんど増加してない状況です。

 なお、男性の育児休業を取り巻く現状についてのより詳しい情報は、別記事「男性の育児休業を取り巻く環境は?取得率や期間まで」をご覧いただければ幸いです。

1-2.女性の育児負担は増える一方である

 男性の育児進出が進んでいるように報じられていることも多くなってきましたが、実際の女性の育児負担は減るどころか増える一方となっています。

6歳未満の子どもを持つ世帯の家事育児時間

 育児時間が増えている背景には、核家族化が進んでいることや子どもに対する教育意識の変化といった様々な要因が考えられるものの、実際に女性の育児負担が減っていないことは間違いありません。

 「男性の育児休業100%」を宣言している多くの企業においても、実際の休業期間は5日~2週間未満となっており、育児に主体性を持てていないのが現状です。

 あくまで「妻の体調が回復するまで」「最初のバタバタしている時だけサポートして」というような、妻のサポートとして育児休業を利用しているケースが多いと言えるでしょう。

 もちろん今回のデータは、「全体の平均値」である為、一部の家庭においては、男性が主体性を持って育児に取り組んでいる場合もあると考えられます。

 しかし、全国的に見れば、全体の平均値に効果が表れるほどの母数はいない、ということは間違いないでしょう。

2.男性の育児休業が難しい本当の理由

 男女共同参画社会基本法が制定されて30年が経過し、男性の育児を推進するイクメンプロジェクトが立ち上がって10年が経過していますが、まだまだ進まない男性の育児休業は難しい状況です。

 これだけ様々な法律や施策が取られているにもかかわらず、ここまで男性の育児休業が難しくなっているのは何故でしょうか。

 「パタハラが~…」「収入が減る~…」といった安易な理由を耳にすることもありますが、実際の長期育児休業を取得した筆者から見れば、男性の育児休業を難しくしている本当の理由は、他にもあると考えられます。

2-1.女性が育児して男性が働いた方が良い社会構造である

 その一番の理由としては、そもそも女性が育児して男性が働いた方が良い社会構造になっている、ということです。

 保育園や保健所のほとんどは母親が利用していますし、男性を目にする機会が少しずつ増えているとはいえ、やはりまだまだ少数です。

 反対に、企業内でも男性と女性は一見すると同じ昇給をしているように見えても、そのキャリアには大きな違いがあることも少なくありません。

 特定の業種や職種では、女性がほとんど働いていない場合もありますし、管理職は全体の1割程度ということもあります。

 現代では、法律で禁止されているといっても、「女性は出産で休んだり辞めるかも…」という理由から、採用を見送られたり、出世ルートから外されることもあります。

 反対に、「男性は出世してなんぼだ」という価値観も人々の内面に残っており、出世ルートを自ら降りる選択はなかなかできないものです。

 結局のところ、世の中全体を見れば、女性が育児をして男性が働いている方が"多数派"であり、無理をして"少数派"になることを望んでいない一面があるように感じます。

2-2.昇進や昇給に直結する可能性が高い

 また、現時点での育児休業は、昇進や昇給に直結する可能性が非常に高いと言えます。

 実際に、ホワイト企業ランキングでトップ10以内に入るような大企業でも、男性の育児休業について、以下のようなことを発言しています。

  • 「育児に関わらず休業は"働いていない=貢献していない"わけであり、査定ダウンは避けられない」
  • 「嫌がらせではなく本人の為に育児制度を利用しやすい職場(総務等)に異動することはあり得る」
  • 「年齢毎に出世の壁がある弊社では、1年のロスは非常に大きい」
  • 「重大プロジェクトを1度抜けてしまうとライバルと大きな差が開くことは現実的に仕方がない」
  • 「働いていない分、年功序列で上がる昇給の恩恵が得られないことはある」

 成果主義の企業においては、たった1年のロスであったとしても、出世への大きな損失となってしまうのです。

 休業者の代わりに重大プロジェクトをこなした同僚と、休業者を同じ評価とすることはできない為、大きな差が開いてしまうことは避けられません。

 また、各企業の中では、暗黙的に「○歳までに課長でなければ出世は無い」といったことが決まっていることも多い為、若き頃の1年が、生涯の出世に大きな影響を与える可能性があるのです。

 休業して働いていない以上は、標準以上の査定は付けづらく、高査定が付けられている同僚と差が開いてしまうことは、企業側から見れば、仕方がないことなのかもしれません。

 このように間接的な不利益を被る可能性が高いことも、男性の育児休業を難しくする大きな理由となっていると考えられます。

2-3.仕事の棚卸や引継ぎに負荷がかかる

 また、子どもを出産する年代は、平均的に中堅クラスになっていることも多く、それなりに組織の中核として活躍している場合も多くあります。

 そういった場合は、仕事の棚卸や引継ぎに負荷がかかりやすく、「上司や同僚の負担を増やしてしまう」「引継ぎ資料が膨大な量になる」といった不安から、育児休業を諦めることもあるでしょう。

 残業が慢性化している日本の企業においては、「自分の欠員=誰かの残業超過」を招き、負荷増大による過労状態に陥らせてしまう可能性まであります。

 同じ職場の同僚がそのような状態になってしまっては、自分自身も復職しにくくなりますし、精神的にもつらいものです。

 育児休業してしまっては、上司や同僚の負担感が見えなくなるのに対して、妻の負担感は毎日確認することができる為、「とりあえず休業せずに妻の様子次第で考えよう…」と考えてしまうのです。

 実際には、妻の異変に気付かず(又は見過ごして)、最悪の事態を招くことも少なくありませんが、信頼できる妻の方に負担をかける選択をしてしまいがちなのです。

 このように組織の中堅クラスとして活躍できる年齢と、実際に子どもを出産して育児休業を取得する年齢が近いことも、男性の育児休業を難しくする理由だと言えるでしょう。

2-4.育児には代替要員(妻)がいると勘違いしている

 また、組織の中核として活躍している自分の代替要員はおらず、育児には代替要員(妻)がいると勘違いしているケースも少なくありません。

 「妻が育児をして自分は働く」という姿は、社会の多数派である為、その体制を構築したとしても自分に大きな非は無い、と考えやすいものです(赤信号、みんなで渡れば怖くないの考え方です)。

 実際には、父親の代わりはどこにもいませんが、そのことに気付くのはもはや手遅れになっている10年~20年以上も先のことでしょう。

 核家族化の進行、女性の社会進出、少子高齢化と、社会環境が大きく変化していく中で、このような古い考え方や体制だけが残り続けているようでは、社会は崩壊する一方です。

 いずれにしても、「自分自身はあくまで社会の多数派である」という安心感が、男性の育児休業を難しくしている理由のひとつなのかもしれません。

2-5.育児休業後の復職に大きな不安が残る

 また、男性の長期育児休業は前例がほとんどない為、育児休業後の扱いがどうなるか想像しにくいことも課題となっています。

 「さすがに今の時代にパタハラは無いだろう…」と思っていても、本当にパタハラがないか、不利益な取扱いがないかは、育児休業してみなければ分かりません。

 万が一、パタハラや不利益な取扱いがあれば、労働基準監督署へ相談することで解決できる可能性が高いとはいえ、精神的に働き続けることは難しいものです。

 つまり、現実的には、「育児休業=転職のリスク」である為、その決断に踏み切れないことも少なくありません。

 売り手市場の現代においては、こういった不安感は少なくなってきているかもしれませんが、依然として男性の育児休業を難しくしている理由のひとつだと言えそうです。

3.男性の育児休業を難しくする要因と背景

 さらに、男性の育児休業を難しくしている要因とその背景まで深堀りして確認してみます。

3-1.社会保障制度や育児制度に対する理解度が低い

 すると、やはり男性の社会保障制度や育児制度に対する理解度が低い、ということが挙げられます。

 育児休業法には、以下の通り「従業員に対して育児制度を個別に周知する努力義務」が規定されています。

事業主は、労働者又はその配偶者が妊娠・出産した場合、家族を介護していることを知った場合に、当該労働者に対して、個別に育児休業・介護休業等に関する定めを周知するように努めることが規定された。

参考:「厚生労働省:育児・介護休業法について」より

 しかし、実際の個別周知状況は、女性で6割程度、男性では2割以下となっているのです。

 周囲に育児休業を利用している男性がいる、又は妻から育児休業について教えてもらう、といったことがない限り、男性は育児休業について詳しく知る機会が無いのが現状だと言えるでしょう。

 自分から進んで調べることも必要ですが、「男性の育児休業」そのものについて考える機会すらなければ、調べようと思わないのも仕方がないかもしれません。

 男性に対するアンケートでは、「育児休業すると収入が減って(無くなって)しまうから」とする回答が3割程度ありますが、これは育児休業給付金について知らないことが大きな要因だと考えられます。

 実際の育児休業給付金は、手取り額の約8割程度を賄え、場合によっては残業代ゼロの基本給(有給利用)よりも、収入が増える場合まであります。

 ※育児休業給付金の詳しい考え方等については、「育児休業制度を活用して収入を増やす方法!誰でも得する情報から実例まで」にて詳しく紹介していますので、そちらをご覧いただければ幸いです。

 いずれにしても、男性は育児制度そのものや、育児制度を利用することによって得られる社会保障について知る機会がほとんどありません。

 男性が育児について考え学ぶ機会が少ないことが、男性の育児休業を難しくする要因のひとつになっていることは間違いないでしょう。

3-2.会社員は視野が狭くなりやすく思考停止しやすい

 また、会社員は「会社から与えられた業務だけをこなせば給料をもらえる」「会社に与えられた業務+αをこなせば出世できる」というように、会社から与えられた職務をベースに考えがちです。

 その為、自分たちの業界がどのような課題を抱えているか(例えば、業種毎の長時間労働や男女比など)、を意識して働く機会がほとんどないのです。

 そういった課題を認識していたとしても、「それは会社側の責任でしょう」と会社に押し付けてしまい、自分たちもその一員だという自覚を持ちにくい傾向があると考えられます。

 問題意識を持つ人が行動を起こしても、「会社に逆らうなんて…」「そんなことしても無力では…」といったバッシングを受けることもあるかもしれません。

 サラリーマンは、自分自身の時間を給料に変換している感覚が強く、業界や社会全体に対する問題意識を持ちにくい傾向があると考えられます。

 自分が育児休業しないことによって、「自分の娘がキャリアを描きにくいかも」「自分の息子が家庭を担いにくいかも」といった将来に目を向けることなく、思考停止してしまっているとも言えるかもしれません。

 いわゆる「ぶら下がり社員」の考え方が、男性の育児休業を難しくする要因のひとつになっていると考えられます。

3-3.変化を好まず波風を立てない傾向がある

 また、会社への「ぶら下がり社員」ほど、変化を好まず波風を立てない傾向があります。

 とにかく多数派に所属することで、自分の判断を見送り、「自分の責任ではない」と、誰かの責任にすることで責任から逃れているのです。

 日本独自の協調性の高さが起因しているのかは定かではありませんが、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の考え方が定着してしまっているのです。

 そういったことに気付いていない人もいれば、気付いていても行動を起こすだけの勇気を持てていない人もいます。

 実際には、そういった業界全体の課題を解決した企業のみが生き残っていくことを考えると、行動を起こさない限りぶら下がっている職場ごと沈んでしまうのかもしれません。

 但し、現実的には、「長期的に誰かが解決してくれるかもしれないリスク」に対して、自らリスクを犯して立ち向かうことは難しいものです。

3-4.育児休業できる体制や仕組みが構築されていない

 そもそも「育児休業=リスク」と捉えられてしまう環境そのものが良くないことも間違いありません。

 ほとんどの企業で育児制度そのものは整備されている一方で、実際の職場の体制や仕組みは追い付いていないのが現状です。

 しかし、前述した通り、誰かが育児休業しなければ育児休業や育児制度について考える機会そのものがないことも事実です。

 実際に育児休業する人がいなければ、どういったことが職場の課題となり、どういった体制や仕組みにしていかなければいけないのか、見えにくいものです。

 つまり、結局のところ、誰かがリスクを承知の上で、育児休業していかなければ、体制や仕組みは構築されないものと考えられます。

 「自らのリスクを背負いたくない為に組織の体制整備を待っている人」と「誰も要求しないから体制や仕組みの見直しの必要性が分からない組織」が相乗効果となって、男性の育児休業を難しくしているとも言えそうです。

3-5.育児休業せざるを得ない雰囲気や状況がない

 また、「社会課題の解決や社会の声は理解できるけど、最悪の場合は妻に任せることができる」という甘えた考え方があることも事実でしょう。

 「男性の育児は+αの取り組みであり、絶対的な責任ではない」というように考えてしまっている方もいるかもしれません。

 幼き頃から母親を中心とした家庭で育ち、仕事中心の父親の背中を見てきた世代にとっては、それが当たり前であり、仕方がないことなのかもしれません。

 しかし、現代ではそのような性別役割分業的な考え方は、通用しなくなってきています。

 「専業主婦も家庭毎の自由な選択だ」という方もいますが、それが社会構造や周囲からの目を前提に選択されているのであれば、本来望ましいことではないはずです。

 男性が働き女性が家庭を担うことを前提として社会が築かれている為、今の世の中ではその前提に基づいた方が生きやすいことも事実かもしれません。

 しかし、自分たちの中では、最も合理的に見えるその判断が、実は現代や未来の人々の人権を奪っている可能性があることを忘れてはいけません。

4.従来型の働き方を基準にする時代は終わりつつある

 最後に、男性の育児休業がまだまだ難しいことは間違いない事実ですが、それでも社会は少しずつ変化していかなければいけません。

 男性が働き女性が家庭を担う時代から、高度経済成長期が終わり、少子高齢化、核家族化の進行等、社会で様々な変化が起き始めています。

 生物は、常に変化を続けることで社会に適応し続けることができます。

 人間も例外なく、常に変化を続けていく必要があることは言うまでもないでしょう。

 社会から求められていることは、間違いなく「誰もが働きやすい環境」です。

 育児休業だけが全てではありません。在宅勤務やフレックスタイムなどを活用する選択もあるでしょう。

 ただ、一定の育児休業すら許容できない職場や企業に未来がないことは明らかではないでしょうか。